2017年4月3日
干しえびの袋にたまる海老の目よ人間だけが花を見にゆく

朝に飲むオレンジジュースって、どうしてこんなに美味しいのかな。
眠っている間に足りなくなっていたものが、一度に補われるように感じる。
そういう「魔法」の飲み物だと思いながら、生きています。
根拠は僕。僕の実感。
 
短歌の出典:雪舟えま『たんぽるぽる』

2017年4月2日
メルカトル図法で書いた席割にAグループは見つけられない

ハヤシライスとハッシュドビーフの違いが説明できるようになりました。
どうだ、すごいだろう。

短歌の出典: 自作

2017年4月1日
君がもう眼鏡いらなくなるようにいつか何かにおれはなります

昨年度末に書いた子どもたちの総合所見の文章を、一つひとつ改めて読み返してみる。
うん。みんな、よく育ったなあ。できることだらけじゃないか。
この教室で、この学校で、きみの家で、世界のどこかで。そう、きみの世界で!

短歌の出典:雪舟えま『たんぽるぽる』

2017年3月31日
できたての一人前の煮うどんを鍋から食べるかっこいいから

糸井重里さんの『あたまのなかにある公園。』を読んでいる。

小さな男のこが「おれ」と言い出すときがある。
親は、男性の一人称「おれ」を、あまり教えない。
「おれにもくださいって、言ってごらん」
なんてことは、あまりない。
家でぼくと言ってた少年が、外で「おれ」を言いはじめ、
やがて、家のなかにも「おれ」を持ちこんだりする。
ぼくではなく、「おれ」と言い出す手前に、
少年のささやかだけれど、思い切った跳躍がある。
 
例としては数が少ないのだけれど、
いまの男のこたちが、
ぼくから「おれ」にジャンプする前に、
「ORE」と言う時期があるんだと聞いた。
「おれ」にはちがいはないのだけれど、
発音が、「味噌」だの「空」だのに近いものらしい。
やがて、平板に「おれ」と言うようになるんだろうか。
たまたま、知り合いの男のこがそうだっただけなのかな。

 
あ、これ。
その「知り合いの男のこ」だけじゃない。
僕のクラスにもそういう子が何人かいるし、学校全体で見てもそういう子は割とよくいる。
「味噌」や「空」の音に近いというのは、言われてみると「なるほどな」と思う。
 
でも待てよ。よくよく考えれば、それは「ぼく」の音じゃないか!
「ぼく」という音をそのまま、「おれ」という言葉にスライドさせようとしているんだ。
そうして生まれたのが「ORE」なんだ。
 
そっか。彼らは音のほうに自分自身を乗っけているんだね。
そうなると彼らにとっては「ネコ」や「ハト」のほうが、「おれ」よりも自分に近いということになるのかもね。
 
短歌の出典:平岡直子『光と、ひかりの届く先』

2017年3月30日
ボロになるものの墓場は閉鎖です。ヒラギノ角ゴW6

このところ、「書いてよかった」と思う出来事が続いている。
それがとても嬉しい。
 
これまでは、自分の考えの正しさや、文章の書きぶり、「いいね」やシェアの数といったことばかりを気にしていた。
格好わるいな、よくないなと思いながらも、そういう気持ちを抜け出すことができなかった。
つまり僕は「文章を褒められたかった」。
 
今、僕は「書いてくれてありがとう」と言ってもらえることを願って文章を書いている。
その願いが誰かに届いた時の嬉しさは、「文章を褒められる」ことよりもずっと大きいことを知った。
自分のやったこと、その行為の部分が褒められると、こんなにも嬉しいのか!
 
僕はこのことを、また別の機会に、繰り返し書いてゆくだろう。
それぐらい、すごくしっくりきている。
 
短歌の出典:自作

2017年3月29日
雨が来る 腕に蛇口を取り付けしつげ義春の雨が来るなり

玄関の新聞受けに入れっぱなしにしていた一昨日の新聞のビニールが雨で濡れたままだった。
この国は古くから雨を大切にしている。だから「雨の名前」が驚くほど多い。
小学館から発刊されている『雨の名前』というお気に入りの本がある。この本には、422語の「雨の名前」が収録されている。
 
さて、この新聞に残った雨にも名前はあるのだろうか。
もし無かったすれば、423語目の「雨の名前」を僕が考えるよ。
 
短歌の出典:梅内美華子「火太郎」

2017年3月28日
ある朝のぼくの暮らしはしっくりときててそれでも玄関を出る

「二人で住むには狭いけれど、一人で住むには十分な広さ」
今、僕が住んでいるところについて尋ねられると、いつもこう答えている。
この返事が我ながらとても好きだ。この広さがとても好きだ。
 
短歌の出典:陣崎草子『春戦争』