2017年10月10日
なんだかんだで君といる時間が、一番じっくりと自分のことを考えられているように思うよ。

僕以外の人にとって、この日記が更新される頻度はごくごく少ないものですね。
でも、僕にとってはこの日記を更新しようとした頻度というのは、とてつもなく多いのです。少なくとも二日に一回はホームページのダッシュボードを開き、「日記を書く ここにタイトルを入力」の画面とにらめっこしています。ご丁寧なことにパーマリンクの日付を、当日あるいはその翌日に設定までして。
 
書いては消し、書きかけては保存し。そうやっていくつもの行ったり来たりをする場所。
砂浜の足跡、水たまりを滑る雨傘の先、裏紙に書いたメモ。
心に浮かんできた3つのものを並べてみましたが、「裏紙に書いたメモ」は似ているようで全然違うものですね。
形になって残るものに対しては、「残したい」という気持ちがどうしても湧いてきます。自然のように、自分の力が遠く及ばないものであれば諦めるほかありません。

残ることはないと知っているところに、敢えてそこに「痕」を残そうとする。残ることを知っているところに、「痕」を残そうとする。
後者は、そこに「他の誰か」を必要としていることに気付きます。たとえそれが一人きりの作業でも。
 
「日記を書く ここにタイトルを入力」
日々、頭に浮かんでは消えてゆく「よしなしごと」にタイトルを付ける作業。
「日々の記録」と言う人もあるけれど、「記録」という言葉の意味を辞書で紐解いてみると「後々まで伝える必要のある事実を書き記すこと」と書かれています。少なくとも僕がここに残しているものは「後々まで伝える必要」は特に無く、「事実」であるとは限らないことばかりです。なんだ、「記録」と言うのはなかなか大層なものなんだなあ。
 
書き記されたものだけで見れば取るに足らないことであっても、書き記そうとした動機やその試みは、その当人にとってはものすごく重要なことである。
そんなことに気付けただけでも、このブログをやっていてよかったと言えるのでしょうね。
なんだかんだで君といる時間が、一番じっくりと自分のことを考えられているように思うよ。
 
ふう。言葉にできないことが多いせいで、寂しい想いをさせ続けている君のために。なんとか書き上げることができてよかったよかった。
 
明日もよい一日となりますように。