2017年8月9日
〈恩送り〉の灯火を宿して

アメリカに滞在中の先輩から「バーバラが引退する」という報せが届きました。
バーバラはサンフランシスコにあるインプロカンパニーBATS(ベイエリア・シアター・スポーツ)の創立当時からのメンバーの一人。
そして僕の大切な恩人の一人です。
 
サンフランシスコの滞在を終えて、いよいよ日本に帰ろうという日。
空港まで車で送ってくれたのは、バーバラ・スコットでした。
バーバラは、彼女が実践しているインプロのクラスを、滞在中に何度も見学させてくれました。
映画を見に行ったり、食事に連れ出してくれたり、サンフランシスコのいろいろな場所へ案内してくれました。

英語が決して達者と言えない僕にとって、二人きりの車内でバーバラと交わす会話が、一番安心して話せる時間でした。
年齢で言えば、僕の母親と祖母のちょうど間ぐらい。僕はすっかり孫になったような感覚で、バーバラとの時間を過ごしました。
改めて思うまでもなく、本当にはた迷惑な〈孫〉でした。

バーバラがしてくれた分以上の何かを、この滞在中に得られたのだろうか。
自分は何らかのきっかけを手に入れたのだろうか。
あれ、そもそも何をしに来たんだったっけ?
気分はすっかり卒業制作中の竹本くんです。
空港までの車内で、そんな思いがぐるぐると駆け巡ってきて、どうしようもなく涙を流してしまいました。
 
感謝の言葉を探そうとしたけれど、どうしても見つからない。
そんなことをようやく口にしました。
すると、バーバラはハンドルから右手をそっと放して、僕の手をとって言いました。
“Pay it forward.”
感謝の気持ちは私に返すためのものではなく、これからあなたが出会う人たちのために惜しみなく施してあげてほしい。
彼女のシンプルで美しい英語をそのまま思い出すことはできないのが悔やまれますが、彼女は優しく、こう語りかけてくれました。
生まれたての赤ん坊のような気持ちになって泣いたことが、つい昨日のようです。
 
バーバラから贈られた”Pay it forward.”という言葉は、僕が短い人生の中で受け取った、最も美しい言葉です。
日本語に直すとすれば〈恩送り〉。
僕はまだまだ人に施せるだけの心身の余裕を十分に持つことのできない未熟者です。
でも、自分にできることから、できる範囲で「恩送り」をするぞという気持ちは、あの日以来、一日足りとも忘れたことがありません。
 
「バーバラが引退する」という報せを受けて、また〈あの日の車内〉の記憶がすっと蘇ってきます。
彼女から受け取った〈恩送り〉のバトンを、しっかりと渡せているだろうか。
僕はこの話を、これから何度も書くだろうし、その度に自分を振り返るだろうと思います。
 
偉大なるバーバラ・スコットへ。
あなたが手渡した”Pay it foward”の灯火は、少なくとも、今、この小さな島国の小さな人間の胸に宿っています。
きっと同じ気持ちでいる人が、世界中にたくさんいるのだろうと思います。
俳優としての、人間としてのバーバラ・スコットを心から尊敬しています。