悪いけど、自分事のように喜ばせてもらうよ!

嬉しい気持ちで、居ても立ってもいられなくなっています。
 
親友が、今年度から大学附属の小学校に赴任することになったという報せが届いた。
その学校は研究も活発で、独自性の強いプログラムを軸に、さまざまな教育実践を生んでいる。
そんなところで、彼は新しいキャリアをスタートさせるのだという。
自分のことのようにガッツポーズをした。
 
彼と僕は大学の同期だったけれど、今のように親しくなったのは大学を卒業してからのこと。
在学当時の僕は、「エグみ」も「とんがり具合」も最高潮で、自意識のバケモノのようだったから、
相当に付き合いにくかったろうと思う。
なので、大学を卒業してから「ようやく」仲良くなれた人が少なからずいる。
 
僕が大学院にいる間、彼は一足早く、教職に就いた。
熱心な勉強家で、本もよく読めば、研究会にも足繁く通っていた。
同じく教職に就いた今、そのすごさに改めて感心してしまう。
 
そして、彼はよく文章を書く。
一番驚かされるのは彼の学級通信だ。
ちょっと僕には真似ができない書きぶりだ。
「嫉妬しちゃうぜ」と思う時も少なくないよ。
 
そういう彼の姿を見ていても、「努力」だったり「がんばり」というものをあまり感じない。
彼は当たり前のようにこれらのことをしているし、「せずにはいられない」というようにやってのけている。
それは本当にすごいことだ。
 
そういう彼だから、今回の報告を聞いて、「努力が実ったね」というのはしっくりこない。
でも、その職場は、彼のキャリアを一歩先へと進めてくれるように思えるし、
彼ならきっと僕の想像以上の熱量で、すばらしい仕事をしてくれるだろうと思っている。
だから僕は彼に「誇りに思うよ」という言葉を贈った。
そしてお互いの実践を見に行く機会をどんどん設けようと約束した。
 
僕が今の生活を、大きな悩みや苦しみもなく生きていられる理由の一つは、
こういう仲間たちの姿がすぐそばにあるからだ。
僕たちは決して有名でも偉大でも無いけれど、
僕たちの住む世界の中で、僕たちなりの大きさのゴールを目指している。
それぞれにそういうことをしていればいい。
だから「負けない」ではなく、「それぞれに、がんばりましょう」(糸井重里)がぴったりだ。
 
今年度の初めに、いい報せをありがとう。
おかげでこちらも春の気分でいっぱいです!
 
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彼に触発されて、僕も今年度の自分の取り組みを改めて整理してみた。
まず来週から「ぷれしゃか」という読書会を始めようとしている。
 
これは当初「課題図書を用意してきて、それについて話し合う」というものを想定した企画だったけれど、
そういうことよりも、単純にいろいろな人と、共通のテーマで話してみたいという気持ちが大きいことに気がついた。
 
そして、その場所では「正論」というものを脇において、その人の「本音」のところを聞き合いたいと思った。
頭では「そうしたほうがいい」だとか、「今はそういう流れだ」とか「分かっている」ことでも、自分の気持ちがついて行かないことがよくある。
そして、それは人に打ち明けにくくて困る。
 
だから「ぷれしゃか」は、そういう個人の気持ちや感情を語らい、そして受け止め合う場にしたい。
今回は井手英策、松沢裕作「分断社会・日本」(岩波ブックレット、2016年)から話題を得て、集まった人と話そうと思う。
この場を設定したのは僕だから、話題提供の部分と、その場の「心の安全」は僕が責任を持つ(がんばるよ)。
本を読んだ人が僕以外にもいると嬉しいし、ありがたいけれど、それは参加の必須条件じゃない。
日曜日の朝に、普段接点のない人たちと、意見を交流してみたいという気持ちがあれば、それだけで十分。
来てよかったと思えるだけの準備はしておくから、安心して「丸腰」で来てちょうだい!
 
4月9日(日)09:00~12:00。
詳しいことはこちらからご確認ください。